半目日記

早く全目になりたい

オタクと中二病と美術部

こんにちは、いつきです。

 

いつきは小学校時代から目覚めたオタク体質により、

中学校時代は「好きに絵を描ける部活」という理由だけで、

美術部に所属していました。

美術部の顧問、高杉先生(1:9分けのおじさん先生)は、

「美術部に所属している生徒である」という理由のみ、で

美術の成績をいつでも五段階評価で5をつけてくれるという劇的に露骨な依怙贔屓先生だったので、

美術以外で「5」をとれない残念学力のいつきは高杉先生のことを、その点においてはとても感謝していました。

ですが、高杉先生は、

部活ではない通常の美術の授業時に、なぜか

「授業開始一発目につかみで面白いことを言おう」、思い立ち、

おかしな欲を出してしまったことがあり、

「おはようございます、高杉晋作です

と授業開始時に教壇から挨拶してしまった時がありました。

わたしは、その時の教室の空気感、温度をずっと忘れません。

マヒャドでも唱えたのかと思いました。

それからというもの高杉先生は、

「高杉」と呼び捨てにされていたのを、

「ばか杉」

とか、

「キモ杉」

とかと呼ばれることになっていったので、

高杉先生は一瞬の「ウケ狙い」から、

ずいぶんな致命傷を負ったもんだな・・・と、いつきは思っていました。

 

そんな高杉先生率いる美術部でいつきは何をしていたのかというと、

いつきは主に、雑談をしていました。

美術室にいる時間の八割が雑談。

あとは、「作らなければいけないもの」って、

文化祭のための作品作りくらいで、

他はいつきはいつも好きに絵(中二病的オタクイラスト)を書いたり、

写真(中二病的オタク写真)を撮ったりしていました。

この頃の写真って、いまひとっつも見返したくすらないんですけど、

当然のことながら、めっちゃひどいんです。

中二病をこじらせすぎた、というか、

当時まさに中学生なのでリアルタイムにこじらせ続けていたというか、

まあ簡単にいうといつきは、

「血のモチーフ」なものに美を感じていたわけです。

 

怖!!!!!!

 

いやいやそうはいっても当時の話。

もう十数年前の当時の話ですよ。

いつきはいまは美しいものを愛し、

血のモチーフなどは決して愛さない、

健全な心を持っています。