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いつきの半目ブログ

極貧で神社育ち、難病持ち、クレイジー家族持ち、オタクのいつきがなんやかんやを書くブログ

運動音痴と文化部

こんにちは、いつきです。

 

いつきは保育園のときに運動会の練習で、

障害物競走で跳び箱をとぶときに、

とぶのを失敗して顔面から地面に落ちて顔の左側半分がすべてかさぶたになったことがあるのですが、

それ以来運動全般が極端に苦手で、

小学校に上がる以前から生粋の文系女子としての性質を確立していました。

 

跳び箱から落ち、顔面で着地した瞬間からの記憶がなく、

次に記憶があるのは教室で手当されている様子で、

先生はひたすらあわあわして、

「女の子なのにお顔にずっと傷が残ったらどうしよう・・・」

「お母さんになんて説明しよう・・・」

と心配しきりだったのをすごく覚えています。

ですが、子どもの新陳代謝能力の高さは凄まじいので、

たしかそんなに経たずしてわたしの顔面のかさぶたは全て元どおりにはなったのですが、

跳び箱、および運動全般に対しての恐怖心、苦手意識はこの頃にしっかりがっつり培われ、

残念ながらいまでもその傷は少しも癒えていません。

跳び箱こわい。

運動、きらい。

 

そんな生粋文系女子いつきは、

小学校に上がってからは友達が極端にいなくて暇だったので、

小学校三年生から本を読む以外の時間は金管サークルに所属してトランペットを吹いていました。

毎朝、七時半とかから練習していました。

たぶん土日とかもけっこうな頻度で長時間の練習していたと思います。

あんなにも毎日早く起きていたのは、あの時が人生初めてで、そしてもう最後だとおもいます。

 

トランペットというとなんだか派手な印象があるとおもうのですが、

当時吹いていた曲目って、小学校の金管サークルだから

サザエさん

とかなんですよね。

それを一生懸命朝の7時半から練習していました。

もう一回言います、サザエさんを、です。

サザエさんのテーマ曲を、金管サークルでは朝の7時半から、必死に練習していたのです。

 

もう、途中から陽気なサザエさん曲を吹くのが嫌になったいつきは、

いつからか勝手にひとりで、かの有名な曲を耳コピで練習し始めました。

その曲とは、あの、あれの曲です。

天空の城ラピュタ』でパズーが朝に吹いている、

鳥とかワサワサッ、ってなるシーンにパズーが吹いているやつです。

あれ、吹けるようになるとすごく気持ちがいいんですよね。

なんかこう、「朝がきたー!!」って感じがするんですよね。

いつきが吹いてたのは特に朝でもなかったんですけどね。

 

ただ、音楽室(部じゃないので部室じゃなかった)で当時の練習曲目以外の曲は吹くのが憚られるので、

いつきは主にパズー曲(タイトルがわからないのでパズー曲と呼びます)

を練習する時は、神社内で練習していました。

「一軒家の人って家で練習できるからいいよね〜」

とかとマンション暮らしの子に言われたりしていたのですが、

うちは特に一軒家とかではなく神社でしたし、

勿論神社は木造で少しも防音性などない建物だったので、

道行く人はびっくりしていたんじゃないかなあっておもいます。

神社の中からパズー曲が聞こえてくるから。

「・・・一体なんなの・・・?」

ってなっていたんじゃないかっておもいます。

いま考えると。

神社内からトランペット音が聞こえてきたらふつう「何事?」ってなりますよね。

まあもしかしたらパズー曲に合わせてカラスくらいはワサワサ、って飛び立っていたかもしれないですね。

知らないですけどね。

 

そんな感じでいつきは小学校ではずっと金管サークルに所属していて、

運動にはまったく縁がなかったはずなのですが、

理由は全く覚えていないのですが、

何故か五年生のときに一年間だけクラブ活動でバドミントンクラブに所属していました。

なぜバドミントンだったのかは、本当に一ミリも思い出すことができません。

運動は苦手な筈だったのに何故だったのか。

いま思ってもいつきの人生七不思議に入るほどの不思議な選択です。

 

ですがやはり苦手といえど一年続けると、

他の未経験者の方よりは上手になるもののようで、

気付かぬうちに、ある程度のバドミントンスキルはいつきに培われていたみたいなんですよね。

それを思い知ったのははるか数年後、高校時代の体育の時間です。

体育の授業ではいつもなにもできない、

走ることをはじめとした運動全般が全くできないいつきは、

体育の先生の中では「いつき=超絶運動音痴」という認識がなされていたようなのですが(そしてそれはほぼ事実なのですが)、

それはある日、突如異変を見せることになります。

あるとき、授業でバドミントンをやることになったときのことです。

二人一組になり、試合をして勝ち負けを先生のところへ報告しに行くのですが、

先生はわたしが報告しに行く前から「いつきは負け」って思ってるんですけど、

なんなら試合前から成績表に多分「いつきは負け」って書いてたとおもうんですけど、

わたし、未経験者よりは勘があるから勝てちゃうんですよね。

試合が終わったら「わたしが勝ちました」って報告しに行くんですけど、

そしたら先生は

「え?お、おう」

と動揺しつつ答えて、何なら成績表にわたしが行く前から「負け」と書いてたのを書き直す、

くらいの感じだったのですが、

それが二度、三度と続けて「いつきが勝ちました」と報告しに行くものだから、

先生に真顔で

どうした?

と聞かれたのをとても覚えています。

結果、その日はシングルスではクラスで一番になりました。

体育の授業や運動に関することで一番になったのは、

あの時が最初で最後です。

先生は「いつきが一番」ということにものすごくびっくりしていましたが、

同じくらいわたしもびっくりしていました。

 

ただ、いつきはコミュニケーション能力がマイナスなので、

ダブルスではボロカスでした。

一試合目で負けました。

 

 

 

次回予告

「オタクと中二病と美術部」