神社暮らしと初詣
こんにちは、いつきです。
もう気づけば今年も一月五日ですね。
世の中は仕事始めだったり、すっかりお正月タイミングを逃し切った感しかありませんが、
「神社に住んでいたとき初詣ってどうしていたんですか?」
というせっかくありがたい質問をいただいたので書きたいとおもいます。
いつきは人生で二度しか初詣をしたことがありません。
(ちなみに人生二回目を今年してきました)
1度目は2年か3年前くらいで、
年越しの夜中に弟の彼女が「初詣に行こう!!!」と突然言い出して、
兄弟や弟彼女とその友達と、みんなで酔っ払って行ったのでほとんど覚えていません。
初めて行ったのがそのくらいの時期なので、
つまりいつきは神社生活を送っていたときには初詣をしたことは一度もない、
ということになります。
なぜしなかったのか、というと、
(なぜしなかったのかというより、する理由がなかった、のほうが近い気もしますが)
しなかった理由はいくつかあるとおもうのですが、メインは
「ちょっと親が他宗教を信仰していたので初詣をするという習慣がなかった」
というごくごくシンプルすぎる理由が主になります。
ほかの理由としてはやっぱり、
「住んでいるのにわざわざ詣でに行く意味があまりわからない」
とか、
「そもそもどのタイミングが『初』なのかもわからない」
とか、
「普段崇めてもいないのに新年になったという理由だけで拝まれる神側の気持ち的にどうなの?『結局俺って元旦に拝まれるだけの都合のいい奴だよな・・・』ってならないの?」
とか、いろいろあったのですが、
今年行ってみて、なんかちゃんとした神社って厳か感があってすごくいいなっておもいました。
ちなみにいつき家は元旦には他宗教ながらも元旦行事?祭?があり、
歌ったり踊ったり楽器を演奏したりする祭りを集まって毎年やっていて、
そのあとにみんなで食べたり飲んだりしていたので、
それがいつき家にとっては初詣がわりというか、
「元旦感」「新年感」
を醸し出すのに一役二役買っていたのだとおもいます。
わたしは子どもの頃から「この世に神なんていない・・・」とおもっている子に育ったので、
その元旦の祭りもただただ眠いだけでしたので、
それが終わったあとに食べれるおせち(主にうま煮)だけを楽しみに頑張っていました。
ちなみに元旦って普通は子どもは楽しみにするじゃないですか、
おとなに「お年玉」ってやつをもらえるから。
いつき家にはそのシステム、なかったんですよね。
いつき家にない、というか、
「ほかの親戚やおとなからもらえても後から全額親に没収される」
という全米が涙するレベルの悲しいシステムが採用されていたので、
わたしは子どもなのに、後から親に没収されるから少しも嬉しくなんてないのに、
ほかの子ども同様、お年玉をおとなからもらったら、
「ありがとう(笑顔)」
と必ず言わなくてはいけないのがとても苦痛でした。
あの当時、子どもにしてぜったいにかなりの演技派でした。
「ありがとう感」、相当出せてたとおもいます。
「ありがたくないよあとからぜんぶとられるんだもんこんなの意味ない!!」
と泣かなかったわたしや弟はすごく偉かったのではないか、とさいきんおもいます。
ちなみに、お年玉は現金でもらえないかわりに、
「小学校の学年×千円」、
という金額までのおもちゃを買ってもらうことはできました。
でも、一年生で千円ですし、
六年生になっても六千円ですよ。
六 千 円 ・ ・ ・
スーファミのソフトだってもっとする時代に、
六 千 円 ・ ・ ・ ・ ・ ・
ほかの兄弟はそんな少額で何を買っていたのかあまり覚えていないのですが、
わたしはなにかと絵を描く系のおもちゃを買ってもらっていた覚えがあります。
もこもこペン(描いたあとにドライヤーで乾かすとモコモコ立体的になるペン)とか、
プリントゴッコ的なやつとか。
(なにせオタクでしたからね。)
そんな感じでいつき家にはクリスマスシステムもお年玉システムもないので、
いつきは冬休み明けに学校のみんなと
「クリスマスプレゼントなにもらった?」
とか、
「お年玉いくらだった?」
とかという会話をするのが、心の底から地獄のような時間でした。
本当に誰にも話しかけないでほしかった。
「どっちももらってないよ〜☆」
と言えるメンタルはまだ身についていなかったのです。
わかるでしょうか、
子どもが架空のクリスマスプレゼントを答えるきもちと、
架空のお年玉金額を答えるきもちが・・・
辛いことしか起こらない時期のため、
わたしはクリスマスを起点とした年末年始がずっと苦手で、
未だにそれを引きずっている感があります。
・・・しあわせな年末年始がほしい・・・(真顔)
・・・さて、悲しい話はこのくらいにして、
「初詣に来られる側」
の、神社内の話でもしましょうか・・・
次回
「神社内は町内会の人の忘年会会場」