いつきの半目ブログ

極貧で神社育ち、難病持ち、クレイジー家族持ち、かつオタク気質ないつきがこれまでの人生やらなんやかんやを書いています

神社に一家で住んでいた話

こんにちは。いつきです。

 

前回自己紹介文をいろいろ書いていて、

次から何を書いていこうかなあと考えていたんですけど、

とりあえずは突っ込まれることの多い

「神社に一家で住んでいた話」

から書いていこうとおもいます。

 

わたしは記憶のあるいちばん昔までさかのぼっても、

既にいつき一家全員で神社内で生活をしていました。

17歳まで住んでました。

よくひとにそのことを話すと

「神社って住めるの?」

とか、

「神社って暮らせるの?」

ってしょっちゅう訊かれるんですけど、

「他の神社のことはわからないがふつうは暮らせないことのほうが多い」

んじゃないかと思います。

 

じゃあなんでいつき一家は神社に(そして神社内のどこに)住んでいたのか、

っていう話になると思うんですけど、

理由としては

「簡単にいうと極貧すぎたから」

ということになりますし、

神社内のどこに?という質問に関しては

「何かじゃらんじゃらん鳴らして参拝するところの奥らへん」

ということになります。

 

極貧すぎた理由としては父が無職だったからなんですけど、

そのあたりは語ると長いのでまた別のエントリーで書こうと思います。

 

神社で暮らしていたといっても、

町内会でやっていた(とおもう)神社でしたので、

「家賃無料で住んでいいかわりに神社内の管理人業務をやれ」

ということだったので、

別に生活空間が神社の中にあったというだけでそんなに特別なことはなく、

せいぜい、

隣の中学校から生徒がきて

こっくりさんをやってたら友達がおかしくなったのでお祓いしてほしい」

と頼まれたり、

「ちょっとうちはお祓いとかやってないんで」

と断ったり、

お正月のどんど焼きを父が焼いていたり、(父は神主などではない普通のおじさんです)

賽銭泥棒が入りすぎて扉が木製から鉄扉にかわったり、

夜中でも手加減なしに全力でお参りに来る人がうるさかったり、

「いつき神社」と呼ばれていじめられたり(わたしの家は神社内だがわたし自身は神社ではない)、

春は神社内の木に巣食うカラスさんに襲撃されたり、

夏は家の中に虫さんがたくさん遊びにきたり、

秋は膨大な量の落ち葉拾いでやった焼き芋がおいしかったり、

冬は雪かきの範囲が尋常じゃないくらい広すぎた

神社内でやる縁日的な祭がうるさすぎたり、

毎晩金縛りにあう時期があったり、

くらいなもので、

まあわりと普通の生活を送っていました。

 

それでも何かとやっぱりうちは一般の家ではないんだなと感じていたことは、

神社にはお風呂がなかったことです。

 

これが昭和の時代なら。

これがもっとはるか昔の話なら、

お風呂がないおうちもごく一般的だったでしょう。

 

でも、この時代ですよ。

もう、平成の世の中ですよ。

そのご時世に家にお風呂がないって。

 

まあ、家ではないから当然といえば当然なのかもしれないですけどね。

 

お風呂がないうえ極貧すぎたので、

お風呂に入るときは親戚のひとの家or近所のひとの家で入れさせてもらい、

最終的な手段として銭湯、

という感じで普段は入浴していたとおもいます。

 

この時期に記憶を遡ると、

冬はお風呂の帰りみち、

髪の毛が凍るとバッキバキになったのを思い出しますね。

なつかしや。

 

もう十年以上前の出来事ということもできるし、

十年ちょっと前まで神社に住んでたのかよ!

という事実にもちょっとびっくりしたりするんですけど、

未だに夜に「家族の夢」とか「家の夢」とかを見るときは、

神社が家なので、

わたしの脳みそは家=神社、

とインプットされたまま更新されていないんだなあと感じます。

 

はやくアップデートしようぜ、

とおもうけど、

脳みそさんの更新はそう簡単ではない模様です。

 

ちなみにいまは父はいちおう職に就き、

「結露がひどすぎて家じゅうがカビだらけで壁が割れてたりしている家」

に親とかは住んでいます。

 

家に帰って壁とか見るたびにアレなきもちにはなるんですけど、

とりあえず、

お風呂ができてよかった!