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いつきの半目ブログ

極貧で神社育ち、難病持ち、クレイジー家族持ち、オタクのいつきがなんやかんやを書くブログ

SMAPが解散するとファンでもないのになぜ悲しいのか問題について。

こんにちは、いつきです。

 

続、SMAP記事をご容赦ください。

今回はSMAPが解散するとファンでもないのになぜ悲しいのか問題について、です。

 

正直ゲスさんとベッキーさんの不倫問題については、
興味があるのは「LINEのスクショの流出経路」くらいであって、(センテンススプリング誌は嫁ではないと言っている)
わたしが興味深いのは「なぜSMAPが解散するとファンでもないのに悲しむ人が多いのか」ということです。

別にSMAPの歌なんて有名な曲しかしらないし、
もちろんコンサートだって行ったことないし、
誰かが出てる番組を追いかけてるわけでもないんだけど、
でもなぜか、メンバーの顔も名前もキャラクターも、我々は非常によく知っていて、
きっとそれは、SMAPの活躍歴の長さと、コンスタントなメディア出演の賜物なんだと思う。
なんとなくつけたテレビ番組にSMAPが出ていて、それぞれが何かを喋って動いている。
ほんの少しずつのその情報の蓄積が、いつの間にかわたし達の中に「誰でも知っているSMAP」を作り上げた。
テレビやラジオなど、メディアに出ないことがないSMAP
いつも誰かがバラエティーやドラマやCMで、或いは映画や歌番組で、
それぞれのキャラを発揮しながら笑顔で活躍をしてくれていた。

そんなSMAPが、ある日突然「解散」して「なくなる」という、
漠然とした不安と恐怖と悲しみ。
それらの感情はなぜ起こるんだろう。

 

メンバーが事故を起こして逮捕されたり、(「稲垣容疑者」と呼べないメディアが「稲垣メンバー」という呼称を考えた時は笑った)
事件を起こして逮捕されたりしていたけれど、(全裸で逮捕されるアイドルってきっとこの先も誰もいない)
それでも復活してきてまた活動再開ってなった時には、
「よかったね〜」と思った人はとても多いと思う。
でもその「活動自粛中」のあいだには、
ファン以外では特別不安感や悲しみを覚えた人はそんなにいなかったんじゃないだろうか。

 

ではなぜ「解散」がこんなにも悲しいのか。

 

きっとそれは、
笑っていいとも!が終了」が悲しかったのに、すごくよく似ている。


いいともが終わる、と聞いた時、
衝撃を受けた日本人はきっととても多かった。
別にいいともだって、
平日毎日お昼にやっていることは知っていても、
それを特別いつも見てたわけではないし、
週末のいいとも増刊号だってわざわざ見てたわけでもないんだけど、
たまたま平日休んだ日の昼とかに目にすることがあったり、
時々やるスペシャルを見ることがあったりして、
そこで「変わらず続いてくれているもの」を目にする安心感があった。
番組の内容どうこうというより、
「ただ変わらず続いて毎日やってくれている」ということが、
平和な日常を感じさせる安心感になっていた。

 

そんないいともが終わると聞いた衝撃。
最終回はわたしは家族と一緒に見ていて、
最後の最後まで、なんというかタモリさんはタモリさんで、わたしはとても大きな喪失感を感じた。

 

SMAPがいなくなるということは、
きっとその喪失感にすごくよく似ている。

 

SMAPが出ている番組を特別追いかけていなくたって、
活動を追っていなくたって、
「なんとなくSMAPが活躍し続けてくれている」
ということは、
特別な何かは起こらないけど、それでも平和な日常が続いているんだなあ、という安心感を、
どこかもたらしてくれている部分がきっとあったんじゃないだろうか。

 

SMAPが解散すると悲しいということは、
平和な日常がこれからも変わらず続いていくだろうという安心感の喪失、
というところに多分ある。

 

長く続けるということは、
もうそれは誰かにとって日常になる。
関わるひとが多ければ多いほど
多くの人の日常になる。
SMAPの存在はもはや多くの人にとって日常だった。
SMAPが解散するということは、それだけ多くのひとの日常が奪われるということ。
わたしたちは多分、至って普通の日常が奪われることに悲しみを覚えている。

 

きっとこれからSMAPが変わらず活動してくれたとしても
私たちは、あの生放送で見た、
気分の悪くなるようなみんなの表情が脳裏に蘇り
今までと同じような気持ちでSMAPを見ることはできないだろう。
そういう意味でもう、SMAPは終わってしまったんじゃないのかな。
わたしたちからある種の日常はもう既に、奪われてしまったんじゃないだろうか。

別にきっと他の何かで、
いつの間にかその失われた日常も埋もれていくんだろうけど。


メディアがSMAPのことやゲスベッキーさんのことを報じすぎて、
大切なニュースを全然報じないとか言うけれど、
わたしはもうテレビも新聞も信じていないのでそこはけっこうどうでもいい。
必要な情報は自分で探しに行くし。
でもどうして政治の話にみんな耳を傾けたがらないかというと、
いまの人たちの想像力が極端に欠落してしまったからなんだとおもう。
流行りのJ-POPの歌詞の震え具合、会いたい具合、守りたい具合に象徴されるように、
直接言われなければわからないひとが増えているんだと思う。
わたしは昭和歌謡の歌詞の表現のうまさを見た方が震えがきますけど。

だから難しい政治問題は、自分の身に起きた後の想像がつきづらいから興味がな他人事なんだと思う。

そりゃーそれよりSMAPが解散したあとのテレビのことの方が想像しやすいもんね。
でもわたしはその想像力のなさすらも、
作り上げてしまったのはメディア(つーかテレビ)なのではないかと思うのです。
そんでテレビ離れとか起こってるというのだからなんというか業が深いですね。

 

でも結局テレビの持つ力というのは未だに絶大なものなのは間違いないとおもうので、

大人の力の働かない、

誰もが見たくなる報道の番組を作ってくれたらいいのになあ、
とかと考えている日曜の深夜です。

 

明日(てか今夜)はスマスマだ。
今夜のSMAPSMAPだろうか。

 

花屋の店先に並んだ枯れた花

こんにちは、いつきです。

 

テレビ番組が見たくて帰路を急ぐなんて、

いつ以来のことだったでしょうか。

 

昨日ご覧になりましたか?

SMAP×SMAPの一部生放送部分を

わたしはその部分が見たいあまり、

仕事後超絶早足で帰宅しました。

テレビを見たくて急いで帰宅するなんて、

前にいつだったかはもう記憶にないくらい久方ぶりのことでしたけど、

同じような方がたくさんいたんでしょうね、

番組の視聴率は恐ろしく高かったみたいですね。

 

わたしはなんだか日に日にSMAPを失うことが恐ろしくなっていました。

別に全然ファンでもないし、

普段意識することなんてなかったのですが、

SMAPが解散」という言葉は結構わたしの胸に響き渡りました。

やっぱり、本当に大切なものは、

失って初めて、その大切さに気付くものだ、とは言いますが、

わたしにとってSMAPは、実はとても大切だったのかもしれません。(真顔)

無自覚に同じような人はたくさんいたのではないでしょうか。

常日頃追いかけなくても、ただSMAPが存在してそれぞれが活躍してくれているというだけで、

もはやなにかそれだけで安心感があったのかもしれません。

 

最初に解散報道が出た時には、

あまりの扱いの大きさに、

「日本って平和だな」

と思ったのと同時に、

「国民的アイドルグループってこういうことを言うんだな〜」

と謎にしみじみとしていました。

子どもから、お年寄りまでがみんな知ってるアイドルグループってそうそういないですよね。

 

一連の騒動に関しては、

全部台本なんじゃないの〜?

25周年に炎上させて話題にしようって魂胆じゃないの〜?

結局解散しません、これからも応援よろしくねー!って終わるんじゃないの〜!?

と、割と穿った見方をしていたのですが、

昨日の生放送部分を見てわたしはそれが残念な勘違いだったのだろうと思いました。

キムタク以外のメンバーの顔が、あまりに死にすぎていて

 

正確に言うと稲垣くんだけは、落ち込んだ様子ではありませんでしたが、

(というか感情が全くわからなかった)

中居くんも、香取くんも、草なぎくんも、

みんな総じて顔色が悪くて憔悴しきっていて、

(みんな異様に老けて見え、中居くんの頭髪がいつもより更に薄く感じて心配でした)

黒色バックの背景と黒スーツも相まって、

お通夜感

が尋常じゃなかった。

まるでSMAPの公開お葬式を見ているような気持ちでした。

グループの解散も続行も名言せず、

ただ騒動になってしまったことへの謝罪と、

キムタクの仲介で会社に詫びを入れたことだけを電波に乗せて生発信。

 

明らかに言わされている感満載の内容のないコメントたち。

いいとも最終回を彷彿とさせた、香取くんの泣きそうな顔・・・

今日から笑顔を作っていくって言ってたけど、

香取くんはじめ、誰も笑顔じゃなかったね・・・・

ため息混じりで、苦虫を10000回噛み潰したような顔での中居くんのコメント・・・

そして、肩幅以上に足を開きすぎだし、ほうれい線が異様に濃くなっていた草なぎくん・・・

 

みんな役者もできるんだから、

もう少し笑顔で会見することだって充分できたはず。

それでも、あの会見は、完全に笑顔ゼロの、

お通夜謝罪会見でした。

 

・・・これって一体やる意味があったのか?

得をしたのは、一体誰なのか?

少なくともSMAPのみんなではないことだけは明らか。

ていうか、誰も得なんてせず、

事務所の上層部の人がスカッとするためだけに行われた会見なんじゃないの??

というのがわたしの感想です。

 

お通夜感が満載の中身ゼロの会見でしたけど、

もはやこの日にSMAPは死んだんじゃないでしょうか。

この事件のことは、一体後からなんて語り継がれるんだろう。

 なんだか伝説の日に立ち会ってしまったような気がする。

 

ナンバーワンにならなくてもいい、

もともと特別なオンリーワンだって言ってたじゃん・・・

お世話になった人を守ろうと、

オンリーワンになろうとしたら潰されるの・・・?

 

ジャニーズ事務所は花屋であり、

 SMAPという花も花屋なくしては売れないんだよ」、

という書き込みもネットで見ましたが、

ジャニーズ事務所のしていることは、

花屋の店先に並んだいろんな花を、

客が見ている目の前で思い切り枯葉剤を吹きかけて枯らし、

オンリーワンでもいいなんて建前やで^^

と言って売り物の花に自分の花屋の焼印を入れ、

「さ、禊は済んだのでこれで元通りです^^人それぞれ好みはあるけど、どれもみんなきれいでしょ^^」

と言って変わらず枯れた花を売ろうとしているのと同じじゃないかなって、思うんですけど、

そんな花を一体誰が買うというのか・・・

 

社内の上層部がスカッとしたいがためだけに、自分の感情最優先で、

顧客のことが見えていなかったり、

会社自ら商品の価値を下げたりなんて、

まともな会社じゃありえないって思うけど、

結構こういうことって、いろいろな会社の中で普通に起こっていたりするのも事実ですよね。

 

夢を売るアイドル、アイドル事務所でありながら、

一般企業以上の漆黒の闇をこれでもかとテレビで見せつけた罪は重い。

もう解散でも続行でもどちらでもいいので、

はやくSMAPみんなの笑顔が見たいです。

 

しかしあまりにもことの成り行き的に後味が悪いので、

もういっそ、すべてはベッキー不倫報道のあたりから始まった、

ゲスの極み乙女。の「両成敗」の壮大なプロモーションだったらいいのに、

と割と心から思っています。

 

寝たきり生活と愛

こんにちは、いつきです。

 

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

今年もなんやかんや、

過去や現在のあれこれを更新していきたいと思っておりますので、

お付き合いいただけたら幸いでございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

年明けということで、

クローン病になっちゃった編」はいったん置いておいて、

昨年の振り返りなんかをしたいと思ったのですが、

あの、あれですね。

昨年も前半のこととなると、既にほぼ覚えていないですね。

働いていた。

ということ以外の記憶がほぼ消え去りつつあります。

 

といっても後半も「働いていた」「具合が悪すぎて死んでいた」以外の記憶はあまりないのですが、

プライベートでの大きな出来事は、

以前も書きましたが恋愛感情の死滅した彼氏ができたというのは一つあるものの、

彼氏が会いに来たりしなさすぎて、

「会いに来てもずっと白目

「会った瞬間から帰りたすぎて白目

「帰る時嬉しすぎてガッツポーズしてる」

「なんなら帰りながら万歳してる」

とかと「いかに会いたくないかネタ」でイジりまくっていたら、

ちょっと割と本気っぽく怒られたので今年は自粛しようと思っています。

もう、会いたくなさすぎて白目だってイジるのはやめます。

今年からは「会いたくなさすぎて寄り目」ネタでイジろうと思っています。

何卒よろしくお願いいたします。

 

そして、昨年の後半は本当に具合が悪すぎて、

割と仕事以外家にいる時は、寝たきりのような生活を送っていました。

ほぼ老人生活。

そしてわたしは具合が悪いとネガティブに拍車がかかり、

体調が良くなる気配がない

  ↓

仕事が思うようにいかない

  ↓

このままでは働けなくなり収入がなくなり

  ↓

  死ぬ

というネガティブ思考のループに陥っていました。

死がもう目の前に見えているわけです。

感覚的にはあれですね、

二部屋隣くらいに死神が住んでいるような気持ちです。

いつ廊下で遭遇するかわからないし、

「ちょっと煮物作りすぎちゃって」

って死神がやってきたら終わりです。

死ぬ。

そのくらい死が目前にあったので、

割と本当に心身ともに死にそうになっていました。

 

そんなわけでわたしは仕事以外はほぼ家での寝たきり生活を送っていたのですが、

そんなとき、わたしはとあるものに出会い、

わたしの寝たきり生活も素晴らしいものになりました。

それは何かというと、

アニメです。

 

・・・アニメ作品

おそ松さん

です。

 

 

「・・・おそ松さん・・・?とは・・・・???」

と思ったあなたには、

いつきが簡潔に作品の説明をさせていただきます。

 

〜『おそ松さん』とは?〜

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赤塚不二夫生誕80周年を記念して現在放送されている、

「おそ松くん」の十数年後を描いた作品。

二十歳をこえた六つ子たちは全員無職でニートで童貞でクズの集まり。

そんな彼らや、懐かしのイヤミやチビ太やトト子ちゃんたちが、

毎回めちゃくちゃになんやかんやするぞ〜〜!!!

 

という、アニメです。

 

これがですね、もう、

すごく面白い。

毎回笑わせてくれるのです。

話は面白いし絵柄はかわいいし、いろいろ細かいし、

なにより六つ子が全員愛おしい。

わたしはおそ松さんのおかげで息を吹き返したってとこがあります。

 

最近全くアニメを見ていなかったのですが、

おそ松さんはすごく頑張って作られているな〜というのがよくわかります。

漫画をそのままアニメ化しているわけではなく、

もう赤塚先生は亡くなっているので、

十数年後の設定の諸々は自由に勝手にスタッフが作っているかと思うのですが、

「それはあちこちから怒られるでしょう!」

ってことを笑いをとるために果敢にもやり続けているところがいい。

 実際に怒られてもいるのにやめないというスタンスはもはやリスペクトです。

 

原作にはなかった、

六つ子達にそれぞれ濃すぎる個性がつけられており、

最初は見分けがつかないのですが、

見続けていくうちにきちんと見分けがつくようになり、

見分けがついた状態で最初から見返すと、

「こいつここでこんなことしてるのか!」

という驚きと発見があるのも楽しい。

 

声優陣もすごく豪華だったりするのはオタクにしかわからない点ですが、

本当に実力派の人気声優さんたちばかりが集まっており、

「嵐のメンバー全員が出てるくらい豪華」

とお伝えしたら豪華さがお分かりいただけるかと思います。

 豪華でありながら、皆さん演技派なのでさらに笑わせてくれるのです。

 

そんなわけで最近のわたしは毎週おそ松さんの放映を楽しみに生きながらえています。

なんならおそ松さんのために生きていると言っても過言ではない。

いまのLINEのプロフィールのアイコンは、

六つ子の中のわたしの推し松である「十四松」にしています。

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寝たきりでも楽しめることがあるのはオタクでよかったことかもしれません。

ありがとう、

オタクの神様

 

そんなこんなで、

おそ松さんとは関係ありませんが今年は有料ブログも始めようと思っております。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

初めてづくし。

こんにちは、いつきです。

 

おしりが痛くなりすぎて難病が発覚した話、その3です。

 

〜前回までのあらすじ〜

中学2年生のオタク女子いつきは、

おしりが痛くなりすぎて初めて行った肛門科で即手術を受け、

「ほぼクローン病だから検査してこい」と言われるが・・・・・・

 

ということで、

肛門科の先生にクローン病にくわしい病院を紹介され、

いつきはクローン病かどうかを調べるため、

ありとあらゆる検査を人生で初めて受けることになりました。

胃カメラ、大腸カメラ、バリウム造影検査、CT、MRI、エコー・・・

と、検査のフルコースでおなかの中を探られることに。

 

CTとかMRIとかエコーとかは全然、まったくもって辛くないのですが、

胃カメラと大腸カメラ、

そしてバリウムが死ぬほど辛いんですよね。

 

経験したことがある方ならお分かりかと思うのですが・・・

結構本気で割としんどいですよね、あれ。

 

ということで、

唐突ですが、ここでいつき的「しんどい検査ランキング」を発表したいと思います。

 

第3位、胃カメラ

胃カメラも、上位二つに比べればそんなにしんどくもないんですけど、

何が辛いって、あの検査前に麻酔をかけてる時が辛い。

 

麻酔のかけ方は病院によっても多少違うんでしょうけど、

わたしの場合は、

上を向いたままアーンの状態で喉に麻酔のジェルを入れられ、

 それを飲み込まずにそのまま15分くらい待つ

という方法だったのですが、

まずジェルがものすごい苦い

この時点でもう辛い。

そして喉のけっこう奥に入れてるので、

喉が生理的にそれを飲み込もうとしちゃうんですが、

もちろん飲んではいけないのでそれは我慢しなくてはいけないのでそれも辛い。

そして何より、

わたしは副鼻腔炎も患っていて、

上を向いていると鼻水が喉のほうに流れていってしまうので、

もう口でも鼻でも呼吸することができなくなり、

苦っ!苦しっ!てか苦っ!苦しっ!息!呼吸!!死ぬ!!!苦っ!!!!!!

っていうのが15分続くんです。

そしてそれに耐え抜いてやっと胃カメラ本番になるんですけど、

喉にカメラ入れられる時、

普通にめっちゃ痛いんですよ。

麻酔の!意味!!!

さっき死にかけた意味!!!!!!!

ってなりましたね。

でも検査自体は割とすぐ終わるので3位というところでしょうか。

 

第2位、「大腸カメラ

大腸カメラの何が辛いって、

腸の中身をからっぽにするために、

まずい下剤を2リットル飲まないといけないというところが辛い。

そして飲んだら飲んだ分、

当然下から出てくるというところも辛い。

どんどん水がおしりから出てくる感になるんですよ。

思い出してください、ひどくおなかを下している日のことを

おしりから水状のものが出続けたら、

普通のひとでもおしり、痛くなりますよね?

こちらはただでさえ、

先日おしりの手術を受けたばかりの繊細なおしりを持つ者ですからね。

これはもう、この時点で、かなりの地獄でした。

そして、この痛い部位にこれからカメラを入れるのかと思うと、

わたしは恐怖で震えました。

会いたくて震えることはないけど。

恐怖で、震えました。

 

そして腸の中がからっぽになると、

いよいよ大腸カメラ本番になるのですが、

おしりに穴の空いた紙パンツを穿かされ検査室に入り、

ベッドの上に横になり、やや眠くなる麻酔的な薬を打たれて検査が始まります。

この薬のおかげで意識がぼーっとするんですけど、

おしりにカメラが挿入されるときは、やはり

「うぎゃーー!!!!」

と叫ぶくらいに痛いわけです。

もうね、本当に、痛いわけです。

そして腸の中を見やすくするために、カメラが進むとともに、

腸の中に空気も入れて腸をパンパンに膨れさせるんですけど、

これが、

腸が破裂する?!!?!!!??

って思うくらいに空気を入れられるのでめっちゃ痛いんです。

もうおしりは痛いし、腸は破裂しそうで痛いし苦しいし、

しかも全然終わらないし、で、本当にすごく辛い。

そして検査が終わったあとは腸に入れられた空気でおなかが張りすぎているので、

おなら的なものを出し続けなければ苦しみが終わらないというところも地味に辛いところです。

ということで、大腸カメラは、第2位、ですね。

 

そしてしんどい検査ランキング、堂々の第1位は・・・

小腸造影バリウム検査

です。

簡単に説明すると、

クローン病は小腸が狭くなっているところがあるからそれをバリウムを飲んで外からカメラで見るよ!」

という検査です。

バリウム、飲んだこと、ありますか?

わたしはあれを思い出すだけで吐き気がし、

食欲がなくなり、ダイエットに効果をもたらすほどに、

とにかく大嫌いです。

見た目的には白くて、不透明で、ちょっととろみもあって、

濃すぎる生クリームみたいな質感の液体なんですけど、

そして香りも人工的につけてあるんですけど、

一口飲んだだけで脳みそが

これは人間の飲むものじゃない!死ぬぞ!!!

という指令を発してきて飲むのを体が拒否するんです。

でも飲まないと検査が進まないから泣きながら飲むわけじゃないですか。

それで検査台みたいなのに乗っかって、

色々な角度にされてごろごろ滑りながら体勢を変えたり、

台から出てきた棒でおなかを押されたり(これが痛い)しながら検査を受けてたんですけど、

検査の係りの人に、

バリウムが下っていくのが早すぎてみたいとこが見れなかったからもっかいバリウム飲んでくれる?

って、言われたんですよ。

さっき!

あんなに泣きながら!飲んだのに?!??!?!

ってなって、

わたしはもうバリウムで気持ち悪いし、

検査でおなか押されて痛いし、

痛いし気持ち悪いしでもう飲みたくないよ!!!

ってなっていたので、「いやだ!」というようなことを言ったとおもうんですけど、

そしたら

「うんうん嫌だよね、じゃあ胃まで管を入れるからそっからバリウム流すね

ということになって、

よくわからないうちに口から胃まで管を入れられることになったんです。

管、って言ってもあれですよ、

全然細くないですからね。

子ども用のプールを膨らませるとき、

使う道具あるじゃないですか。

あれの、ポンプとプールをつなぐやつくらいの太さの管を、

いつきは口から挿入することになったんです。

そしてあれですよ、胃カメラのときと違ってノー麻酔ですからね、

喉に入れようとしても、喉の反射でおえっ、おえってなって、

もうこの時点で涙目なわけです。

なんとかかんとかおえおえっとなりながらも管を飲み込んで飲み込んで胃まで到達させて、

そしてそれからバリウムを流し込むんですけど、

どうやらうまいこといかなかったみたいで、

「じゃあこのままちょっと待っててくださいねー」

と言われて、

わたしは暗い検査室の中でひとり、待たされることになったのです。

 

暗いし寒いし気持ち悪いしお腹も痛い。

喉にある管のせいでずっとおえっおえってなる反射が止まらない。

その反射が出るたび、涙が出る。

検査の係りの人は「ちょっと」と言ったのに、

全然戻ってきてくれず、

わたしはどのくらい長い間その検査室にひとりでいたのかわかりませんが、

わたしはあまりに辛くて検査台の上で泣いていました。

その涙は、吐きそうになる反射のせいだけではありませんでした。

 

わたしは暗い検査室の中で、

どうしてこんなことになっているんだろうと考えていました。

いまは同級生の子たちは学校で授業を受けているはずの時間。

それなのにわたしはどうしておしりが痛くなって、手術をして、

難病かもしれないと言われて、

こんなに苦しい検査をしているんだろう。

先生はクローン病ほぼ間違いないって言ってたな、

どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

わたしは何か悪いことをしたかな。

わたしがいい子じゃなかったからいけなかったのかな。

考えても思い当たらず、わたしはからだの苦しさと不安も相まって、涙が止まりませんでした。

 

そしてどれだけの時間が経ったかわからないくらいの長い時間のあと、

「はいじゃあ検査を再開しますー」

と突然言われ、何事もなかったみたいに検査は再開され、

また色々な体勢でおなかをぐいぐい押されてわたしは結構本気で死ぬかと思いました。

検査が終わったあとにはドラクエで言うところのHPが赤くなるくらいには瀕死でしたね。

いまならスライムと戦っても死んじゃう、ってくらいのあれです。

わたしが検査室から出たとき、これから同じ検査をすると思われる、

既に瀕死のおばあちゃんがいたんですが、

あのおばあちゃんは検査を最後まで受けられたのか、未だに気がかりです。

 

そしてそんな検査のフルコースを終え、

いつきはやはり

クローン病で、間違いないね!」

と、難病宣告を受けることになりました。

 

クローン病とのお付き合い編は、また次回に。

クローン人間とかではない方のクローン。

こんにちは、いつきです。
前回からの続き、「おしりが痛くなりすぎて難病が発覚した話」その2です。
 
 
〜前回のあらすじ〜
中学二年生のオタク女子いつきは、
お尻が痛くなりすぎて人生で初めて肛門科に来たのにも関わらず、
その場でいきなり手術することを告げられるが・・・
 
 
そんなわけで、いつきは先生にあっさりと手術を告げられ、
手術室?的なところに連れて行かれたのですが、
ここがまた、「本当にここで手術するの?」ってくらいに、
至って普通の部屋なのです。
さっきまでいた診察室と、ほぼ何も変わらない。
いつきはじんわりとした不安を覚えました。
 
そしてそこで下半身の衣類を全て脱いだ状態でベッド上でうつ伏せにさせられ、
「さあいよいよ手術!」
という段階になり、
初めて看護師さんたちによって行われた処置は、
おしりほっぺの左右両方を、ガムテープで止める。
というものでした。
 
ガ?!
ガムテープ?!!?!
 
純粋な困惑がいつきを襲いました。
だって、イメージしていた手術となんか違う。
テレビや映画で、患部をガムテープで固定されて手術してるシーンなんて、見たことない。
「なんなんですかこれは!?!」
心の中で叫ぶいつき。
ビリビリッ
と響き渡る、ガムテープを破る音。
おしりほっぺを両方から引っ張られ、
おしりをオープン状態にさせられ、
ベッドの両端にガムテープで固定される、わたしのおしり。
 
おしりの扱い、雑すぎるだろう・・・
ということがすごく悲しかったのを覚えています。
 
そしてガムテープでおしりを固定され、
「ちょっと待っててくださいね〜」
と言われて看護師さんに放置された、このときに、
わたしの羞恥心は多分、
九割方死滅したのだとおもいます。
いろいろと丸出し、ですからね。
 
初めての手術が痛かった辛かったとかより、
この「ガムテープ事件」がものすごく頭に残りすぎていて、
肝心の手術内容はあまり覚えていないのですが、
全身麻酔とかではないので、
はっきりと意識がありますし、
痛くはなくても感覚はあります。
歯医者さんの麻酔と治療的な感じが近いです。
なんかおしりをたくさんグイグイ押されているうちに、手術は終了した気がします。
 
そして痔瘻の手術は終わり、
わたしは腫れて膿が溜まっていた部分を切開し、
そこから膿が出続けるようにおしりに管を入れられました。
 
大事なことなので二回言いますね。
いつきは、
おしりに管を、入れられました。
 
ちょっと何を言ってるかよくわからない、
と思われるかと思うのですが、
傷口から膿が出続けるように管を装着(しかもおしりに)、
って、痛くないわけがないですよね。
「手術後もずっとめっちゃ痛い手術をした
ということだけ理解していただけたら充分かと思います。
 
そして手術ののち、先生は割と普通のテンションで、
「これは痔瘻という痔なんですけど、普通は年配の男性しかならないやつで、若い女性がなるのはほぼクローン病なので病院に行って検査をしてください。」
と言いました。
 
クローン・・・病・・・????
 
あとから看護師さんにクローン病の簡単な説明と、
「食事を守ることが絶対に大事なのでこういうものは食べないでください」
と、食べてはいけないものが書かれた紙をもらったのですが、
「これを除いたらわたしは何を食べて生きていけばいいの??霞????
というくらいに、見事に食べてはいけないものだらけ、でした。
 
病院からの帰り道、わたしはおしりの痛みと戦いつつ、
病気かもしれないと言われた不安とも戦っていました。
向こうは痛みと不安で、2。対してこちらはいつき、1。
2対1。
勝てる気がしない。
 
いつきは日を改めて、
クローン病かどうかの検査をしに行くことになりました。
 
初めての大腸検査編は、また次回に。

お尻が痛くなりすぎて難病が発覚した話

こんにちは、いつきです。

 

タイトルの通り、おしりが痛くなりすぎて難病が発覚した時の話です。

 

わたしは元々、思い出せる限りの幼い頃から、

胃腸が極端に弱い子どもでした。

焼き肉とか脂肪分の多い食事を食べたらお腹を下すひとはそこそこいるのではないかとおもいますが、

わたしは麦茶とか牛乳とかを一気のみするだけでおなかを下すレベルでした。

どんなお腹。

弱すぎですよね。

胃腸の弱い山根くんもびっくりの弱さ。

 

なので、自分がいつの間にかうっかり難病になっていたときも、

最初は全く気がつかなかったのです。

そう、お尻が痛くなりすぎるまでは。

 

当時わたしは14歳で、中学二年生で、

オタクばかりが集う美術部で、

美術室で部活動と称してオタク活動をしたり、

主に雑談をしたりしていました。

 

授業中の記憶は殆どなくて、

思春期真っ盛りの女子は、普通なら、

神社に住んでいるという恥ずかしいことは学友たちにはバレたくないものだと思うのですが、

中学校の道路を挟んで隣が神社だったため、

隠すということはほぼほぼ、というか完全確実に無理な状況でした。

なので「いつき神社」と呼ばれていじめられていました。

わたしは神社ではないのに!

 

そんな日々の中、わたしはある日、

突如としてお尻に違和感を覚え始めます。

「あれ?なんか、腫れてて、痛いような気がする・・・?」

と。

 

しかし、そこはオタクとはいえども、思春期真っ盛り女子。

「お尻に異変だ-!」

などとは、やっぱり簡単には人に言い出せませんよね。

 

そこで、一応思春期真っ盛りだったいつきは、

とりあえず、

ひたすら我慢する

という選択をします。

 

そうするとですね。

当然なんですけど、どんどんお尻の異変部位が、腫れ上がっていくのです。

 

ちょっと、ここからはもう少し詳しく説明しないと分からないですよね。

お尻お尻、と言っていますが、

腫れ上がりはじめたのはお尻ほっぺたの部分ではなく、

お尻の穴的な部位のあたりです。

 

ちょっとリアルな話題でいつきのアイドルイメージを崩すといけないので、

かわいいお尻のイメージ画像を置いていきますね。

 

 

 

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おしり。(画像はイメージです。)

 

 

 

「もしかしたら明日には良くなっているかもしれない・・・今日さえ、今日さえ耐え抜けば・・・」

と、毎日毎日、

どんどん腫れ上がり続けるお尻の腫れ物の痛みと闘い続けるいつき。

その部位は日に日に確実に悪化していき、

かなりの熱を持ち、明らかに中に膿が溜まっている感じがわかるようになります。

できもの特有の、「放って置いたら破裂して中身が出て楽になりそうな感」もあることはあるのですが、

我慢出来ないからつついてみようか??いやでも怖いから待とうか??!いや、しかしでも??!!?!????

と正常に考えられないほどの痛みが日夜を問わず、襲い続けるのです。

ダイレクトに。

いつきの。

お尻を。

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おしり。(画像はイメージです。)

 

 

我慢に我慢を重ねてもみましたが、

放っておいたらそのうち破裂して楽になるのかもしれないけど、

でもその前にわたしはお尻の痛みで発狂してしまうかもしれないな

と、わたしは割と本気で思いました。

そして、

「お尻が痛くて発狂した人として名を馳せるのは嫌だ」

と思ったわたしは、そうしてついに腹をくくり、

親に告げることにしたのです。

お尻が腫れ上がって、どえらいことになっているようだ

と。

この頃にはもうあまりの痛みに、

家では常時うつ伏せの体勢でしかいられなかったと記憶しています。

普通に座るなどということは、

いつ爆発してもおかしくない爆弾をお尻に抱えたいつきにはもう不可能でした。

 

しかしそれだけの我慢を重ね、

決死の覚悟で親に告げたというのに、

母親のリアクションは、

ほっといたらよくなるんじゃない?

という劇的に薄いものでした。

「アホ!相当ほっといたけど全く良くなってないから言っとるんじゃ!!」

というようなことを言い続け、

やっとこ母は仕方なしに病院を探してくれました。

お尻の。

病院を。

 

肛門科

という響きって、もうこれ以上ないくらいに恥ずかしい科な訳です、14歳女子にとってみれば。

わたし、まさか自分が14歳にして肛門科の病院の扉をくぐるとは思っていませんでしたよ、

思ってる人もあまりいないでしょうけど。

 

そしてついに母が探し出してくれた病院に辿り着き、

待合室に入ると、わたしは思わず待合室にいる人たちをこっそり隅から隅まで眺めてしまいました。

「ここにいる人たちはみんな、もれなくお尻に爆弾を抱えているのか・・・」

と思うと、もう相手が老若男女関係なく、

握手を交わしたい気持ちになったのをとても覚えています。

初めて会ったのに仲間意識。

戦友の感じがしましたね。(一方的に)

 

 

そして長いこと待たされ診察室に入ると、

衝撃的なポーズでベッドの上で待つことを指示されます。

下半身の衣服と下着を全て膝まで下ろして、

お尻を突き出して「く」の字のようにして待つのです。

先生が来るまでは腰にバスタオルをかけておいてもらえはするんですけど、

この体勢は恥ずかしい、のレベルを超越していました。

そして先生がやってきて簡単にわたしをお尻を診察し、

「はいちょっと痛いですよー」

と言って、わたしは何が起こるか察知するまえに、お尻の穴にぐいっと指を入れられていました。

うぎゃー!!!

とリアルに言った気がするくらいの激痛で、

「いきなりなにをするんじゃ!!」

と涙目になりながら思っていたら、先生はさらりと言いました。

「これは痔瘻だね。手術します。」

と。

 

しゅ・・・じゅつ・・・?????

 

いつきは初めて行った肛門科で、

いきなり人生初めての手術をすることになりました。

 

長くなってしまったので、

はじめてのお尻手術体験記は次回に続きます。

お詫びと訂正

こんにちは、いつきです。

 
うっかり前回の記事が過去最高のアクセス数、fbシェア数になり、
「恋愛記事は人気なのかな?ドライ彼氏日記ブログでも更に始めようかな?」
とかとはじめはとっても脳天気なことを考えていたのですが、
見て頂く方が増えていくにつれ、
その彼氏大丈夫?
と割と本気の心配をされる、という事態が出てきてしまい、
改めて自分でも記事を読み返してみると、
「これは、心配もされるな・・・」
と思い、わたしはマリアナ海溝(10,863m)より深く反省しました。
 
わたしのつい、悪い癖で、面白くすることばかりを最優先に考えてしまい、
彼へのフォローがほぼない、
まるでただの彼氏disり記事のようになってしまっていました。
まさかの公開dis状態。
 
ごめんなさい、彼氏。
そして心配させてしまった方々。。
 
でも、そんな記事を読んだ彼氏がくれた感想は、
「おもしろかったよ」
というお褒めの言葉でした。
 
 
や・・・
やさしい・・・・・・(感涙)
 
 
そう、彼氏はややちょっとばかり変人ではありますが、
とても優しい人なのです。(そして柴犬に似ています。)
恋愛感情がほぼ死滅していることを強調しすぎて彼の優しさエピソードを盛り込みそびれましたが、
それを補ってあまりあるくらいには優しいのではないかとおもっています。
 
付き合いはじめた当初は、
あまりにも好かれている実感がなく、
わたしは太陽と付き合っているのだと思おう
という悟りを開きかけており、
(太陽は燃えるという活動に忙しく個人を構ってくれないですが、地球上の生物をほぼ生かしている素晴らしい存在です)
「太陽に好かれていると思うことが出来ればわたしも彼に好かれていると思えるはず・・・」
と割と本気で考えていました。
やばいやつですね。
 
でもですね、ふと、
そもそもが、
わたしが「わたし基準」でしか好かれているかどうかを判断していなかった部分もあるなと思ったのです。
 
そもそも彼のことは何年か前から知っており、
昨年わたしはうっかり失恋で傷心していました。
わたしは自信のなさ由来で男性を見る目がなさすぎて、
昨年『猛烈にアタックしてきたが全くタイプではない人』と付き合うことにしたのですが、
「わたしは難病持ちの上両親クレイジーなんだけどそれでもいいかな」
と付き合う前にも確認し、
「それでもいい」
というので付き合ったのですが、その人が
「いつきの家族に会いたい」
というので会わせたところ、
あんな頭のおかしい父親は要らないし、やっぱり健康な子どもが欲しいので別れよう
と言われて秒速で振られるという面白失恋をしていました。
その話をふんわりと飲み会の席でしたところ、
いまの彼氏は、
「!?ちょっとそれは・・・まじで酷いですね・・・」
と少し驚きつつ神妙な顔で「本当に酷い、有り得ない」、と言ってくれたのをよく覚えています。
 
そしてそんな経緯を知っていて、
なおかつなぜかこのブログを読んでいてくれた彼氏は、
わたしの面倒臭さの集大成並のスペックを理解してくれていたにも関わらず、
それでもわたしと付き合ってくれたという点は、
もはや水嶋ヒロか彼かというくらいにイケメンではないかとわたしは思っているのです。
 
そのほか、具体的に優しさを感じたエピソードをご紹介させていただきますね。
 
その1.「インターネットを活用する。」
彼はわたしに何かを訊いてくるということも特になく、
ふと病気のこととかどう思っているんだろうと思い、
「病気のこととかきかないねえ」
と言ってみたことがあったのですが、
「ああ、インターネットがあるからね」
と、彼はわたしの病をインターネットさんで調べてくれていました。
インターネットには大体のことが載っていますからね。
彼氏に好かれている気がしない場合の気の持ちようも載ってますからね。
分からないことはネットに聞くのが簡単、スピーディー!
何も聞かれないからと言って心配する必要はなかったのです。
 
その2.「女性特有の症状にとても寛容である。」
わたしはいわゆるPMSの生理前鬱の症状が重すぎて、
生理前になるととんでもない精神状態になります。
簡単に言うと、朝起きた瞬間から世界が真っ暗になっており、
ちょっとしたことで「もう全部だめだ、消えたい・・・」
と本気で考えてしまうという超絶面倒臭い性質を持っています。
そんな時にはつい、彼氏にも有り得ない方向性からいちゃもんをつけ、
感情的に泣いたり喚いたりしてしまうことがあるのですが(ほんとうにごめんなさい)、
そういうときも、彼は大体流してくれます。(最初は爆笑していました)
そして嵐が過ぎ冷静になってからひたすら謝り倒すわたしに、
慣れたから大丈夫だよ
と慣れもしないだろうに言ってくれるのです。
神なのかな・・・?って思います。
こういうのを理解できずにキレる男性も普通にいるとおもいますし、
理解できなくて当然だともおもうので、
理解を示してくれるところは優しすぎる上、本当にありがとうとしか言いようがありません。
そしてそんなことを、
「それってフツーのことじゃない?」
と言い、彼的には至って普通のことであると思っている点も、
わたしは彼のリスペクトせざるを得ないところだとおもっています。
 
その3.「繊維の入っている料理に気付かず悔しがる。」
わたしのお誕生日当日、彼は多忙を極めており会えないと踏んでいたのですが、
彼は「余裕がなくておしゃれなレストランとか調べられずにごめんね」と言って、
デパ地下ごはんをたくさん買って待っていてくれました。
わたしの好きなエビの入ったお料理を多めに買って、待っていてくれたのです。
(わたしはエビが好きすぎてエビになりたいくらいにエビが好きです)
ですがわたしは持病の関係で繊維質が多めのものを食べることが出来ず(食べると腸閉塞になりのたうち回ります)、
繊維さんをよけて食べていたのですが、
それに気付いた彼は、
「?!くそっ、これ、繊維だったか・・・
と静かに悔しがっていました。
お料理しない男性には分からなくても仕方ないでしょうに、
彼はそういうことも考えてごはんを選んでくれたんだなあ・・・
と思うとわたしはとってもジーンとしました。
ちなみに彼はごはんを食べ終えると、
「さて、もう一仕事するかな」
と言って会社に帰っていきました。
彼はお仕事が大変な時なのに、わたしを誕生日当日にお祝いするために、一旦会社を抜けてやってきてくれていたのでした。
彼氏よ・・・・・・(涙)
となりました。
そして誕生日プレゼントには、
「プレゼントはお鍋をあげたいと思ってるから自分で買わないでね」
と前から言ってくれていて、
わたしがお料理をするたびに「もう一個お鍋が欲しいな・・・」と言っていたのを覚えていてプレゼントしてくれました。
予算をこえていたにも関わらず、
おいしいごはんをもっと食べれたら俺も嬉しいから。大は小を兼ねるでしょ
と言って、二人分のお料理には少し大きめの、いけてる素敵なお鍋を買ってくれました。
 
・・・・・・さて、お気づきでしょうか?
愛情を感じる瞬間がないというのはさすがに盛りすぎていた
ということに。
 
すみません。
ちょっと面白くしたいがために、
やや少しばかり、いや、だいぶ盛大に、盛りすぎてしまいました。
この件に関しましては、心より、そしてマリアナ海溝よりも深く反省しております。(しつこい)
 
しかしですね。
他にももっと彼が変人エピソードも、
彼が優しいエピソードもいろいろとあります。
ですが、本当に、思ったことは、
会えないとか連絡がないとか放置が過ぎる=愛情がないという判断はあくまでわたし基準であって、
彼は多分、「彼基準」の中で考えてくれてはいるのだろうということです。
多分、「優しさや愛情にも色々な形があるのだな」、
ということに、今更ながら(30歳です)気付いたような気がします。
遅い。
けど、気付けてよかった。
 
彼はとても優しい人です。
彼に「わたしの嫌いなところは?」と聞くと
「重いところ(笑顔)」
と言うけど。
 
そんな人と付き合えて、諦めずに生きてきてよかったなって、おもいます。
ネズミーランドに行きたい」
と言おうとしても、
「ネz・・・」
くらいまで言ったところで相当食い気味に
「嫌だ(真顔)」
と言われるけど。
 
優・・・し・・・?
いや、うん、優しいです。
 
世の中にはたくさんの人がおり、
優しさ、そして愛情の形には、
その人の数だけ、たくさんの種類が、あるのです・・・・・・
 
(o˘◡˘o)